国際通信の日本史 植民地化解消へ苦闘の九十九年

国際通信の日本史 植民地化解消へ苦闘の九十九年 石原藤夫 東海大学出版会(1999/12)
目次--------------------------------------------------------------------------------
序章



第1章 明治二十三年 呼子壱岐対馬間海底ケーブル決死の奪回折衝
1.1 喫緊の重大事だった対馬回線の自主権奪回
1.2 明治のハイテク 電信と海底ケーブルの基礎知識
1.3 明治期 7つの海を制覇した大英帝国の海底ケーブル網と空白海域を狙う大北電信会社の野心



第2章 幕末〜明治初期 列強を迎え撃ったわが国電信の先覚者たち
2.1 ペリー来航前にすでに電信実験に成功していた佐久間象山
2.2 薩摩藩 松木弘安寺島宗則)の電信機
2.3 佐賀藩 からくり儀右衛門(田中久重)の電信機
2.4 慶應三年 ヨーロッパから持ち帰った榎本武揚の電信機
2.5 明治元年 大車輪で活躍をはじめた寺島宗則



第3章 明治三年 ロシアと結託して日本に乗り込んだ大北電信会社―徒手空拳の寺島宗則鏤骨の大折衝
3.1 それは、ロシア領事代理からの書簡ではじまった
3.2 『大北電信会社』とはそも何者か?
3.3 明治三年八月 調印にいたる列強の圧力
3.4 調印の奇妙さと達成された大北電信会社の野心
3.5 必死で架渉した日本側の東京〜長崎間電信回線



第4章 明治十年代 電気通信産業の基礎を築いた先覚者たち
4.1 電信網の発展とモールス符号の制定
4.2 効果をあげはじめた人材の育成と登用
4.3 田中久重の『田中製造所』(後の東芝
4.4 三吉正一の『三吉電機工場』(日本電気に引き継がれた大工場)
4.5 沖牙太郎の『明工舎』(後の沖電気工業
4.6 不平等条約の改正と世界最大企業WE社の日本進出
4.7 条約改正後 外国技術との熾烈な競争に耐え抜いた明治の技術者たち



第5章 明治十五年 屈辱の新免許状―「無期限の権利」という言質
5.1 京城事変で焦った日本側の事情と大北電信会社の隠し球
5.2 明治二十三年 至上命令だった呼子壱岐対馬間海底ケーブルの権利奪回



第6章 明治二十七、八年 日清戦争後の大発展と日本人のみによる初の長距離布設
6.1 日清戦争の経過と電信事情
6.2 ロシアの南下と日本の国際通信の危機
6.3 天才参謀・兒玉源太郎の達識と『沖縄丸』の建造
6.4 ロシア戦の備えに命をすり減らした天才たち
6.5 日英同盟条約前後の国際通信事情



第7章 明治三十七、八年 日露戦争で証明された兒玉源太郎の先見の明
7.1 活かされた兒玉構想―台湾を経由して米英に連絡
7.2 兒玉源太郎の秘策を受けた『沖縄丸』決死の活躍
7.3 敵バルチック艦隊見ユ!
7.4 何よりも雄弁な明治天皇の御製『電信』
7.5 国産初の布設船『小笠原丸』と日米間海底ケーブル



第8章 大正二年 日本独自の日支海底ケーブルに向けて火を吐く大折衝
8.1 日韓併合対馬〜釜山間海底ケーブルの買収成功
8.2 緊急の課題だったロシアと無関係な日支通信回線の建設
8.3 その後の電信の進展と複雑な国際情勢
8.4 急速に伸びた大正期の日本技術―安藤博の世界的発明多極真空管



第9章 昭和十年 世界を驚嘆させた松前重義の無装荷ケーブル(平成期 世界の海で活躍する日本の光海底ケーブル)
9.1 松前重義とはどういう人物か
9.2 無装荷ケーブルとは何か
9.3 世界に先駆けた超長距離多重電信電話回線の完成
9.4 世界中に輸出されている現代日本の光海底ケーブル



第10章 昭和十八年 ついに回復した日本の自主権(昭和二十二年 占領による無念の利権復活)
10.1 昭和十五年 圧倒的な日本の国力を背景にして折衝に成功
10.2 占領下日本の悲哀―大北電信会社のごり押しによる利権復活
10.3 昭和二十九年にはじまったKDDによる苦心の折衝
10.4 人工樹脂性能向上とイギリスの植民地撤退が時代を変えた
10.5 忘れてはならない『小笠原丸』の惨劇
10.6 韓国の理不尽と外務省の事勿れ主義



第11章 昭和四十四年 苦節九十九年ついに完全平等を達成!―実った世界戦略と関係国への利益提供
11.1 海底ケーブルの教訓を活かしたマイクロ波回線の国産化
11.2 KDD戦略の技術的側面
11.3 すべての関係国にとって有利な日本海ケーブルによる自主権の最終回復



第12章 むすび―肝に銘ずべき教訓の数々



文献

年表

人名・固有名索引

事項索引

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安政五年〜に幕府が無理矢理締結させられた列国との不平等な条約を解消することは、明治政府の悲願であり、富国強兵策をはじめたいへんな努力が払われたが、その努力が報われて、ようやく明治三十二(一八九九)年七月から―関税自主権の達成は明治四十四年だからこの時期はまだ不完全であったが―条約改正が発行することになった。
この条約改正問題については、高橋是清の案によって、特許をはじめとする工業所有権のパリ条約加盟を日本側の戦術の一つとしたことが知られている。
つまりそれまでは日本の特許制度は独自のもので、外国特許の保護は別問題だったため、列国から日本もパリ条約(特許などを相互に保護する国際条約)に加盟して外国特許を保護せよ―と強要されていたが、日本側は「不平等条約が解消されるまでは保護しない」として頑張っていたのだ。
そのため外国企業は、近代化の著しい日本で特許や技術ノウハウを売って儲けることができず、かなり焦っていたようである。
このことが、条約改正を列強が認めたひとつの原因だったのだが、逆に言うと、改正された以上は、もちろんパリ条約に加盟して諸外国に日本での特許権を認める必要がある。このため条約改正発効とほとんど同時(2日前)にパリ条約加盟も発効させたわけだが、そのことは、諸外国からの猛烈な特許攻勢に日本の発明家がさらされることを意味していた。
またさらに門戸開放によって、外国資本や特許を含む工業所有権や技術ノウハウの日本への流入による日本企業の制圧も容易になった。
つまり、不平等条約の解消は、日本にとって喜ばしいことではあったが、とくに技術系の企業や技術者・発明家たちにとっては、諸外国と裸で勝負しなければならなくなったことを意味しており、たいへんな苦しみでもあったのだ。

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