ハイチいのちとの闘い―日本人医師の300日

ハイチいのちとの闘い―日本人医師の300日 山本太郎 昭和堂(2008/01)
目次--------------------------------------------------------------------------------
プロローグ

第1章 西半球の最貧国ハイチへ
学びは人々の中にある    ハイチへ    ハイチという国    ハイチ小史    カリブの風    「ゆり」という名の少女の物語

第2章 不思議の国ハイチ
時の感覚    ポート・オ・プランス国際空港    不思議な運命を辿る本たち    喜劇役者たち    仮想通貨で混乱に次ぐ混乱    クレオールという言葉    土を喰う    休日の豆腐作り    国ってなんだろう    小包届いた、ありがとう    医者であることはなんの役にも立たなかった    俺たちは、兄弟かもしれない

第3章 カポジ肉腫・日和見感染症研究所
研究のこと    カポジ肉腫・日和見感染症研究所    ハイチでも始まったエイズ治療    神さま、わたしはなにか悪いことをしたのでしょうか    国際保健―「いのち」への想い    「貧しさ」のなかで    ハイチが僕の国だから    日本からの手紙    運転手のリッジ    折りツルの思い出

第4章 ハイチで出逢った医療関係者たち
今度は少し長くなるかもしれませんね    看護婦の原点    10番目の州    なにかあったらこの手紙を見せなさい    イボレレ=夢はかなう

第5章 ハイチ騒乱
ハイチへの渡航は、どのような目的であれ延期してください    半内戦下のハイチで    動乱のハイチで私はひとり誕生日を迎えた    どこの通信社だ?    もう泣かないよ、本当にね

エピローグ

あとがきにかえて

ハイチ年表
参考文献

                                                                                                                                                              • -

新しい治療法が開発された初期の段階からエイズ治療を積極的に導入してきたブラジルでは、2002年までに約2000億円がエイズ治療費に使われたと推計されたが、患者の入院をはじめとする医療費の節減効果は2500億円を超えるといわれた。治療の社会に与える効果は医療費の節減だけでなかった。治療によって救われた人生を、ある者は教師として教育に従事し、ある者は生産者として農業に従事することによって社会にその恩恵を還元することが可能となった。そしてなにより、両親は母親として、父親として子どもたちとともに暮らすことができるようになった。
もちろん、治療を必要とする人すべてに治療を提供することが容易でないこともまた事実である。最大の問題は、95パーセント以上の頻度で薬剤の服用を求められるこの治療を一生にわたって続けなくてはならないことにある。不完全な治療は薬剤耐性ウイルスを生み出し、世界のエイズ疫学像を変える可能性がある。その結果、本来享受すべき医療の恩恵を次世代の人々が享受できなくなる可能性が指摘されてもいた。服薬を続け、医師にかかりつづけてくれるには、どのようにすればよいか。問題は小さくなかった。それでも、小さな試みがハイチでも始まった。さまざまな困難を残しながらも。
ハイチでは、人々は複数の医療体系や信念を使い分けていた。中でも「病気は何者かによってかけられた魔法の結果である」という信念は、エイズに対する治療を難しくする原因となっていた。たとえば「病気が治ったのは魔法が解けたからだ」とする考え方は服薬の継続の大きな障害となる。

しゅごキャラ!opこころのたまご 「クールで強くてカッコいい イケてると言われていても ほんとはそんなでもないし フツーに女の子だもん プレッシャーなんかはねのけて すなおになりたいんだけどな キャラじゃないとか言われたって あたしのこころアンロック! ♪」