従軍慰安婦と公娼制度―従軍慰安婦問題再論 倉橋正直 共栄書房(2010/08)

目次----------------------------------------------------------------
はじめに


第1章 中国戦線に形成された日本人町従軍慰安婦問題再論
はじめに
1 日本人町の形成
2 日本人町形成の理由
3 日本人町の経済
4 日本人町における売春婦
5 日本人町のリフレッシュ効果は絶大
結び


第2章 駐留部隊と在留日本人商人との「共生」―満州国熱河省凌源県城の事例
はじめに
2 凌源県の治安状況と鉄道建設工事の進捗
3 在留日本人の人口の推移
4 在留日本人商人の商売の内容
5 兵士たちの福利厚生
6 まとめ―いわゆる従軍慰安婦問題への見通し


第3章 近代日本の公娼制
1 公娼制度研究の遅れ
2 近代公娼制
3 廃娼運動の歴史的性格
4 売春防止法の画期的意義


第4章 満州の酌婦は内地の娼妓
1 日露戦争後の大連の売春の状況
2 大連の二つの遊郭
3 公娼制度の名目上の廃止
4 満州独特の売春状況の形成
5 娼妓の名称をなくした本当の理由
6 今後の課題


第5章 密航婦「虐殺」事件と多田亀吉
はじめに
1 少女たちの告発の手紙
2 取り消しを求める手紙
3 多田亀吉の釈放に対する疑問
4 新史料の発見
5 事件の解明
6 大師堂天如塔をめぐる玉垣


第6章 大連の人喰い虎の伝説
はじめに
1 発端
2 戦争中、および戦争直後の時期
3 風説の変容
4 虎飼ひ賈吉忠
5 作り話と初めて言明
6 敗戦後、虎の二度目の末期
7 まとめ


第7章 「からゆきさん」のこと―私の研究成果から
呼称
「からゆきさん」が出かけた場所
主体的条件
当該国の方針
密航はウソ
公娼制度との関係
浦汐節(うらじおぶし)
危険の程度は許容範囲内
「からゆきさん」の帰国後
売春の世界市場を席捲
「からゆきさん」に対する見解
近代の女性を生み出すための苦難の行程


あとがき

【注】

                                                                                                                            • -

 手紙Aが、本当に哀れな少女たちが書いたものではなく、多田亀吉に敵対する誘拐業者の側の手によって書かれたものであることが明らかになった段階で、この部分をよくよく読んでみると、今までとは違った感想を持つようになる。
 手紙Aは、現在、一緒の店にいるようになった一人の娘の話として、この神戸港での出来事を記している。しかし、この内容は、考えてみれば、今回の密航中の「虐殺」事件とは無関係である。なにも、この話をつけ加える必然性はない。要するに蛇足の部分である。にもかかわらず、この話をつけ加えているのには、なにか別の目的があったと判断せざるをえない。以下、私なりに、その目的なるものを推理してみたい。
 彼らは、たしかに、神戸の水上警察の連中が多田亀吉に籠絡されて、多田亀吉たちの所業を見て見ぬふりをしているのを、同じ仲間として、よく知っていたのである。ところが、彼らの側は、神戸の水上警察とは、まだ連絡がついておらず、その点では、悔しい思いをしていたのであろう。そこで、手紙Aで多田亀吉を陥れるついでに、神戸の水上警察のことも少し触れ、日頃の無念の思いの一部を晴らそうとしたのではなかろうか。
 また、神戸における多田亀吉の協力者として、「大野某、藤田某」の二人の名前をあげている。これも同じ目的であろう。手紙で訴えている全体の趣旨は虚構であるが、こういった細部は事実であって、この二人も実在の人物であると私は推理する。要するに、手紙Aの中に書き加えることで、彼ら二人にも打撃を与えようとしたのである。