アラブ諸国の情報統制

お目ものーと
アラブ諸国の情報統制―インターネット・コントロールの政治学 山本達也 慶應義塾大学出版会(2008/4/29)

また、アラブ諸国では、特殊要因としてイスラーム要因も、政府によるインターネット・コントロールの実施に対して有利に作用している。イスラーム知識人は、現在の政府によるインターネット・コントロールイスラーム的な措置ではないという見解を示しているが、同様の見解は一般のムスリムの間で共有されていない。
むしろ、一般のムスリムの中には、アラブ諸国政府による「インターネット・コントロールはポルノ情報などイスラーム的に好ましくない情報を国内に持ち込ませないための措置である」という主張に同調しており、アラブ首長国連邦で行われた調査によると約六〇%の人々が政府によるインターネット・コントロールを肯定しているという結果もある。こうした状況は、アラブ諸国政府に対して、インターネット・コントロールを放棄しようとするインセンティブを引き下げる環境を形成している。
インターネット・コントロール政策を実施するだけの能力を有し、もし合理的な判断がなされるとすればインターネット・コントロール志向型情報統制国家のいずれかの形態に落ち着くと思われながら、物理層およびコード層におけるコントロールの両方を放棄し、インターネット・コントロール放棄型情報統制国家へと移行したのがヨルダンである。こうしたヨルダンの政策決定を第一モデル的な視点による合理的な選択の結果として説明することは難しい。
実際にヨルダンの事例を分析してみると、インターネット・コントロールを放棄することに関連する複数の政策過程において体制のトップであるアブドッラー国王のリーダーシップが重要な役割を果たしていたことが明らかとなる。このことから、コントロール志向の政府が完全にインターネット・コントロールを放棄し、インターネット・コントロール放棄型情報統制国家へと移行するにあたっては、体制トップの認識および政治的リーダーシップの重要性が指摘される。
「独裁者のジレンマ」命題は、情報化の進展が権威主義的な支配と負の関係を持っており、情報化が進展することになると権威主義的な支配が困難になるとしている。また、インターネットの特性論者は、情報化が進展することで民主化も促進されることになると論じている。
しかしながら、本書による分析が示唆することは、こうした議論の存在に反して、少なくとも短期的には、情報化の進展が権威主義体制にとって直接的に重大な影響を与える可能性が低いというものである。その理由は、現在のところ、アラブ諸国政府は、効果的なインターネット・コントロールを実施することが可能なネットワーク・アーキテクチャを構築し、インターネットにおける情報の流れのコントロールにかなりの程度成功しているためである。その意味では、本書の結果は、「懐疑論者」であるカラティルやボアズによる議論をサポートするものとなっている。