科学的というのは説得する道具であり統制に根拠と継続性をあたえる手段である

finalventの日記 5月29日の記事:なんとなく

泥のように働けというのは、なかなか、含蓄があって、つまり泥のなかで働けという含みがある。娑婆な泥だらけだなあというの割り切りが10年かもしれない。

よくよく考えると確かに含蓄のある言葉だな。馬車馬のように働けと似てて非なるものというか。つかみどころのありそうで無いようであったりなかったりと、あはっ、笑うしかないな〜な娑婆の世界は、と言うことなのかな。
業界的に特にというみかたもあるかもしれないけども。10年泥のように働いた結果、そこで見えた智恵というかそいうものはどこども通用する大事なものなのだろうね。
なるほど、あの発言は業界のことはわからないけども、出来る管理者が少ないってことなのかな。突発の問題が発生するのはしょうがないとしても上手く仕事を社内や相手先などと調整出来ていないのが常態としてあるなら、やはり管理の問題は大きいな。